障害を持った人とバスでの思い出。~相模原障害者施設殺傷事件を受けて~

2016年7月26日に発生した「相模原障害者施設殺傷事件」。
神奈川県相模原市にある知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」に元施設職員の男が侵入し、19人を刺殺、26人に重軽傷を負わせたこの事件。
第二次世界大戦以降では国内で戦後最悪の大量殺人事件となってしまいました。

犯人は起訴された後も、「障害者は不幸しか作れない。」、「障害者は安楽死させた方がよい。殺害した自分は救世主だ」など差別的な主張を続けています。参考

企業への障害者雇用義務率が引き上げられ、日常生活で障害を持った方と触れ合う機会が今後も増えていくだろうこのご時世。参考
障害を持った方といかに関係を築き、多様性が受け入れられる社会を作り出せるのか。
その実現にはまだまだ困難な道のりだと思い知らされた事件でした。

そんな今回の事件を思う度に、いつもバスの中でのある体験を思い出します。

(企業の障害者雇用についてはこちらの記事。
 「障害者法定雇用率とは? ~平成30年4月から2.2%へ引き上げ~」)

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障害を持った人と同じバスに

新卒で入社した会社は、最寄り駅から職場まで距離があったため、バスを利用して通勤していた。
私が利用していた経路は利用者数が他より少なかったため、毎回座席に座ることができ、乗客もほとんど同じメンバーだった。

その中の乗客の一人に不思議な方がいた。
20代後半に見える男性は、常に「ゔーーー、ゔーーー」と喉を鳴らしており、動きもどこかぎこちなかった。
おそらく何らかの障害を持っていたのだろう。
正直に言って不気味な存在だった。あまり関わりたくないなと思っていた。他の乗客もみんなそう思っていたように見受けられた。

自分はいつも彼よりも先にバス停についていた。
バス後方の空いている2人席に座ったときは、「あの人が自分の隣に座らないでくれ!」と心の中で強く思っていた。
彼が自分の隣には座らず、別の席に座ったときはホッとするとともに、「隣に座られた女性は可哀そうだな」とも思っていた。
バスに乗っている最中、彼はずっと「ゔーーー、ゔーーー」と不気味に喉を鳴らしていたから。

そんなある日、2人席の窓側に自分が座ると、彼が自分の隣に座ってきた。
「うわ最悪だ。」と内心思う。
自分は彼よりも手前のバス停で降りる。降りるには彼に声をかけて、通路を空けてもらわないといけない。
「声をかけても反応してもらえなかったらどうしよう…」

とうとう自分が下りるバス停に近づき、バスがスピードを落とし始める。
隣の彼は依然として「ゔーーー」と喉を鳴らし続けている。
ついに勇気を出して、彼に「すいません。降ります」と声をかけた。

すると、彼は、
「あ、どうぞ。」
と言って普通に席を譲ってくれた。ほかの乗客よりもむしろ丁寧なくらいに。

その時、自分の頭の中で何かが崩れた。
今まで自分は彼の言動を見て、「この人は異常な人だ」と思い込み、恐怖を感じていた。しかし、実際に声をかけてみると、優しく席を譲ってくれる常識を持った方だった。
彼の実態が分からないという不気味さゆえに、自分の頭の中で現実離れした恐怖を生み出していたことを思い知らされた。

その日をきっかけに、彼に対して恐怖を感じなくなった。

彼を観察してみると、彼は「ゔーーー」と喉を鳴らすのがただ気持ちがいいからやっているだけなのかもしれないと思うようになった。
静かなバスの中で音を出していることを除けば、彼が周囲の人に迷惑をかけている事実は他には無い。
彼に話しかけた日以降、彼に対して迷惑感や不気味感を持たなくなった。

この経験を通して

彼がなぜあのように喉を鳴らしているのかは本当のところは分かりません。
ただ気持ちがいいからなのか、そういう病気なのか。

彼の言動は自分には理解ができないかもしれない。
しかし、彼はそういう人なんだと、ただ受け入れることはできる。
彼に話しかけてからそう思えるようになりました。

言動が理解できないと、人はその対象を排除しようとしてしまう。
しかし、理解ができなくても、受け入れることはできるかもしれない。

目の前のことをありのままに受け入れる。
それが例え自分にとって「異物」な存在だったとしても。
難しいことかもしれないけれど、そういった経験を自分の中に少しずつ増やしていきたい。

相模原の殺傷事件のニュースを見る度にこの体験を思い出します。

転職したことで、あのバスは利用しなくなりました。
彼は今でも喉を鳴らし続けているのだろうか。


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