村上春樹の結婚観から考える、夫婦生活が上手く行くコツとは?

夫婦もしょせんは赤の他人同士。
そう思った方が結婚生活は上手くいくのかもしれない。
村上春樹の言葉から、そんなことを学びました。

参考にした本は、村上春樹と日本を代表する心理学者・河合隼雄の対談集『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』という本。
この中で、村上春樹が自身の結婚観について語っていたのです。

僕自身は結婚してから長い間、結婚生活というのはお互いの欠落を埋めあうためのものじゃないかというふうにぼんやりと考えていました。でも最近になって、それはちょっと違うのかなと考えるようになりました。それはむしろお互いの欠落を暴き立てる―声高が無言かの違いはあるにせよ―過程の連続に過ぎなかったのではないかと。(本書p.98)

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村上春樹の結婚観

夫婦というと、お互いの不足している部分を補い合い、一つの家族を造り上げていくものだと、世間では良く言われています。村上春樹も「ぼんやりと」そう思っていたようです。

しかし、彼はその認識が違っていたということに、結婚25年目にしてようやく気づいたと語ります。

夫婦の共同生活は、相手の欠落している部分を暴き出す過程の連続である。
そして、暴き出された自分の欠落部分を相手が補ってくれる訳では決して無い。
ただただ、自分のダメな部分をまざまざと見せつけられるだけなのだ
結婚生活とはそういうものだということに、村上春樹は結婚25年目にして気づいたそうなのです。

「夫婦とは互いに助け合うもの」と、どこかでイメージしていた自分にとっては斬新な指摘でした。

言われてみれば、夫婦とは言えしょせんは赤の他人同士
自分の欠落部分は自分で埋めるしかないのかもしれません。

夫婦はしょせん赤の他人

「夫婦はしょせん赤の他人」と聞くと、冷たい言い方に聞こえるかもしれません。
しかし、「赤の他人」と思うことで初めて意識できることもあると思うのです。

夫 or 妻は、自分とは生まれも育ちも全く違う赤の他人。
⇒だからこそ、自分の欠点を全て補ってくれる訳ではない
⇒自分の欠点は、自分で直す。

また、

夫 or 妻は、自分とは生まれも育ちも全く違う赤の他人。
⇒だからこそ、自分の気持ちは言わないと伝わらない。
 だからこそ、相手の気持ちは推し量らないと分からない。

と、思うことができる気がするのです。

これが、「夫婦は二人で一つ。夫婦間は阿吽の呼吸で言わずもがな。」と考えてしまうと、どこかで自分の中に甘えが生じてしまいます。
その結果、自分のダメな部分を相手に押しつけることになってしまい、夫婦間に不協和音が生じてしまうことになると思うのです。

「夫婦のきずな」、「家族の愛」という言葉が大好きな日本人ですが、家族のつながりを幻想化すればする程、現実が見えなくなることもあると思うのです。

夫婦とは言え、しょせんは他人同士。

夫婦にとってベストな在り方とは

夫婦もしょせんは赤の他人
だからこそ、理解し合おうとする努力が必要だし、
だからこそ、楽しいものなんだと思います。

多様な夫婦の在り方が認められる現代において、自分たちにとってベストな夫婦の在り方とは、その時その時において見つけ続けなければならないのだと思います。

そのためには、「配偶者」、そして「夫婦」というものを自分から距離を置いて見つめ直すことが大事なのかもしれません。
今回の本を読んで、そう感じました。

今回の記事を書いている間、自然と星野源の「恋」が頭の中に流れてきました。この曲は正に夫婦間の在り方を歌った曲なんだと改めて気づかされました。

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