アメリカのことわざに、「Time is the great healer.」ということわざがあります。
直訳すると、「時間は偉大な治療師である」。
「時間が過去を忘れさせてくれる。」という意味です。
確かにそれは真理な気がします。
どんなに嫌な出来事も大抵は時間が解決してくれます。
しかし、どんなに時間が経とうと解決しない苦しみもこの世にはある。
そんなことを想った作品でした。
今回読んだ小説は『罪の声』。
昭和の未解決事件「森永・グリコ事件」を題材にした小説です。
小説情報
昭和の未解決事件「グリコ・森永事件」を題材にした作品。
2016年に出版され、その年の山田風太郎賞や「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門第1位を受賞した話題作です。
作者は、塩田 武士。元新聞記者の作家です。
「グリコ・森永」事件とは
1984年から85年にかけて起こった食品会社への連続脅迫事件。江崎グリコの社長を誘拐し、身代金を要求。それを皮切りに、丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋など食品企業を次々と脅迫。さらには小売店に青酸入りのお菓子を置き、日本中を不安に陥れた。
マスコミに挑戦状を送るなど、大胆な犯行を行っていたが警察に捕まることはなく、2000年に時効が成立。昭和最大の未解決事件の一つとなった。(Wikipediaより抜粋)
時効直前に、2chに事件関係者と名乗る人物が現れ、政治家の関与を主張するなど、様々な陰謀説が語られている謎の事件です。(参考)
犯人は、脅迫する企業に連絡をする際テープに声を録音し、メッセージを伝えていた。そのテープの声は子供の声によるものだった。
(動画の最初にそのテープが流れます。)
小説『罪の声』では、この子供のテープを中心にストーリーが展開されます。
あらすじ
あらすじは公式サイトのものを転記します。
「これは、自分の声だ」
京都でテーラーを営む曽根俊也は、ある日父の遺品の中からカセットテープと黒革のノートを見つける。ノートには英文に混じって製菓メーカーの「ギンガ」と「萬堂」の文字。テープを再生すると、自分の幼いころの声が聞こえてくる。それは、31年前に発生して未解決のままの「ギン萬事件」で恐喝に使われた録音テープの音声とまったく同じものだった――。
(「ギン萬事件」は「グリ森事件」がベースになっています。)
この作品ではフィクションとして、当時の事件にかかわった人物が多く出てきます。
彼らの証言により、今まで謎とされてきた未解決事件が徐々に浮き彫りになり、最後は真相が明るみになる様をリアリスティックに描き切っています。
ストーリーに出てくる人物は本当に実在するでは? そう思えるぐらい真実に思える内容です。
感想
作品に登場する未解決事件の関係者たち。その中で、事件の被害者として苦しみ続ける者、事件に関与した加害者として罪の意識に悩まされる者。様々な人物が登場します。彼らは共通して34年も前に起こった事件にいまだに捕らわれており、苦しみ続けていました。
この小説を読んで、2018年の夏に放送された「NHKスペシャル」を思い出しました。
この回では、第二次大戦を特集しており、戦争で兄を亡くした80歳後半の女性が登場していました。
彼女の兄は、任務でたどり着いた海外の地で飢え死にしたことが分かっています。
その事実を知ってから、彼女は毎日仏壇に食事を供え、手を合わせているそうです。
兄の話になると、そのおばあさんは声を詰まらせ大粒の涙を流していました。
70年以上も前の事実に悲しみ続ける女性。
兄の死を昨日起こったことのように悲しむおばあさん。
「70年経った今でもこんなに苦しんでいるのか。」
人生経験の浅い自分にとって、彼女の苦しむ姿は衝撃でした。
どんなに時が経とうと、解決できない苦しみがあることを知りました。
立場は異なりますが、この小説に出てくる事件関係者も同様です。
未解決のまま過ぎ去った31年。
事件関係者は過去の事件に捕らわれ、悩み苦しみ続けます。
未解決だからこそ心の影をより一層暗くしているのでしょう。
本書ではラストで小さな希望を見せてくれます。
そのラストのおかげで、読者は救われた気持ちになります。
しかし、実際の事件は未解決のままです。
今も生きてるかもしれない、事件の関係者たち。
彼ら彼女らは一体どんな気持ちで今を生きているのだろう?
昭和の未解決事件に携わった関係者の「今」について思いを馳せる作品でした。
「グリコ・森永」事件に興味のある方はぜひ読んでみてください。